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2020.10.05

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読み物

今混東西#3
「デザインと経営の間で。
今の時代に寺井さんが必要な理由」


古今東西。
「昔から今まで、東西四方のあらゆる所」をあらわすことばで、
「いつでもどこでも」という意味としても使われます。
歴史が根付く街・京都は、昔と今が混ざり合う場所。
しかし、そこで生まれる化学反応は「昔」と「今」という組み合わせだけでしょうか?

今混東西。
辞書をめくっても、この四字熟語の意味は書いてありません。
仕事も、背景も、興味関心も違う人々が集うこんこんは、「今」が混ざり合う場所。
いろんな「今」が集まり、新しい何かが起きようとしています。
ドアの向こうには、どんな「今」が待っているのでしょうか。
 それでは、訪ねてみましょう。“こんこん”


「こんこん」

こんこんの共用部「式」の扉をノックする。さまざまなフリーランスの方々が仕事をする空間に、今回のインタビュー対象者である寺井さんが待っていた。

寺井俊裕さんは、「ゴボウキカク」という屋号で活動している、27歳の若き経営者だ(余談だが、筆者は寺井さんと同い年である)。大学を卒業してすぐ独立した寺井さん。背の高さと色黒という特徴から屋号を“ゴボウキカク”と名付けたそう。そんな彼が立ち上げたゴボウキカクのこと、そしてなぜ「こんこん」入居に至ったのかを早速聞いてみることにした。

ゴボウキカクが行っているのは、主に中小企業やものづくり系の会社の経営コンサルタント。ただし、通常のコンサルタントとしてのポジションではないと言う。パートナーとしてコンサルタントがいると、会社はずっとその人に頼ってしまい、自立できない。そう考えた寺井さんは、クライアントをコーチする役割で関わることによって、一緒にゴールを設定し、そこに辿り着くまでの戦略作りを手伝っているのだ。

「僕が会社の中で実行することを、将来的に代表の方が実行できることを意識してプロジェクトを進めています。例えば、打ち合わせの中で簡単なワークショップをして、イメージを一緒にアウトプットできるようにうまく導いていったり、そのプロセスも含めて、その手法を使いこなせるようにしてただく、みたいなことを行っています。その中でデザインするべきものは、僕が引き受けていますね」。

主に2階のフリースペースを使って仕事をする寺井さん。

京都工芸繊維大学でプロダクトデザインを専攻していた寺井さんは「デザイナー」という肩書も持っており、案件によっては自分で手を動かすこともある。しかし、自身を“大学の時にしっかり勉強をしてなかったタイプ”と語る。

そもそも大学では最初からプロダクトを専攻していたわけではなかったという。入学時に建築を専攻していたが性に合わず、それでも何かものづくりがしたいとプロダクトデザインの専攻へと変更することを決めた寺井さん。そこでも納得がいくものが作れたのは、卒業制作くらいだったとか。卒業制作として作られた作品「Year Ring」は、レーザーカッターを使ったあとに残る「積層痕」に注目し、同じ形状をしていても積層角度の違いで表情が変わる。学内では評価されなかった作品が、卒業から2年後に思わぬ展開を見せることとなる。

卒業制作だった「Year Ring」は、今や立派なゴボウキカクの立派な実績に。

「たまたま仕事で知り合ったタイの会社の方が『Year Ring』をとても気に入ってくれて。うちとコラボしてコンセプトモデルとして出展してみよう、という話をいただきました。その後、タイのグッドデザイン賞を受賞したり、Maison et Objet(メゾン・エ・オブジェ)というパリの国際展覧会における次のトレンド部門で複数テーマ受賞したり。2年前に作った卒業制作が、来年のトレンドって言われる謎の現象が起こったんですよね(笑)」。

卒業後もゼミに顔を出し、学生たちとミラノサローネに出展する作品をつくったことも。

大学を卒業してからしばらくは今とは別の会社の代表をやっていた寺井さん。出資を受けながら経営していたが、2019年春にその会社から独立する。そこからゴボウキカクを立ち上げたが、急に独立したため顧客はゼロの状態から始まり、当初は収入が全くなかった。「小銭を稼ぐような生活を1年ほど続け、ようやく人として生きていけているのはここ数ヶ月ですね」と寺井さんは苦笑い。それでも、人生を長い目で見たら「今はしんどくても、あの時頑張ったから今がある」といつか言えるはずだと思い、頑張っていたのだという。

コンサルタント業務が現在の寺井さんの主な仕事だが、プロダクトデザインの経験を活かして職人とコラボレーションした事例もある。3年前に参加した京都府の行政のプロジェクトで誕生したのが「fudanno」だ。

寺井さんがデザインした「fudanno」。

本体は桐箱屋さんに、蓋の部分は西陣織の会社や蒔絵職人の方に協力してもらったfudanno。さまざまな技術が組み合わさって生まれた。技術は持っていても、一社で完成までに持っていける企業は少ない。しかし、伝統工芸同士、また伝統工芸とは異なるものづくりの現場と掛け合わせることができたら、もっといろんなものを生み出すことができる。いわば「技術の掛け算」を目指していた。複数の企業に協力してもらうことで商品の幅も広がり、その後も色々なことで協力していける体制づくりを考えていたという。

「当然売れてほしい想いはあるんですが、ただつくって終わりにはしたくないんです。fudannoのような作品を見た方が、職人さんの技術ってこんな形でも使えるんだ、と知って職人さんへ直接依頼する機会が増えて欲しいと思っています」。

そんな寺井さんが「こんこん」という場所が生まれることを知ったのは2019年はじめ。Nue.incの松倉早星さんが大阪で実施したワークショップに参加し、声をかけてもらったことがきっかけだった。実は以前より、寺井さんは独立して一番最初に大学時代のゼミの教授を通じて松倉さんと出会っていたのだ。それをきっかけにNueのスタッフの方がよく飲みに誘ってくれるようになり、その度に現在こんこんに入居されている方々や、京都で活躍する、寺井さんのちょうど一世代上にあたる方々と出会う機会が増えていったのだという。いろいろな偶然が重なって今ここに居る、と寺井さんは話す。

こんこんにずらりと並ぶ書籍たち。

仕事柄、一人で動くことが多い寺井さんは、仕事以外で人に「会う」ことがあまりない。そうすると考えが偏ってきたり、新しいものに触れる機会がなくなったりするので、さまざまな人が出入りするこんこんを積極的に使うようにしている。

こんこんに関わる人々と今後連携していくことも視野に入れているのだそうだ。「僕は戦略づくりに注力したいので、実際にクリエイティブな業務が発生したらこんこんの方にお願いしたいなと思っています。今自分がやってることも、説明しづらいので色々なところでアウトプットできるようにしたいですね。アウトプットすることで自分がやっていることがもっと明確になるので。あとは無駄を削って自分の得意なことを伸ばしていかないといけないな、と思います」。

仕事を一人でこなそうとすると“何でも屋さん”になってしまう可能性もあるが、それはきっと良い傾向なのだろう、と寺井さんは語る。課題に対して正しい“問い”を立てることができているから、さまざまな可能性が生まれて、結果、何でも屋のようになっている。正しく身を任せていたらそうなったのだと思う、と。

「でも、こんこんにはたくさんのプロフェッショナルがいるので、僕は要件定義を明確にして、彼らにお願いする形で進められるようにしたいですね。僕はお客さんの悩みをそのまま案件化したり、何もないところから共通の課題を浮き彫りにすることが得意なので、仕事をとってくる役になりたいんです。営業部隊のほうに回れたらめっちゃ良いなあ、と」。

こんこんの入居者たちだけ使えるオンラインのコミュニティでは、日夜さまざまな情報が共有されているのだという。

「色々な方面やジャンルに興味があるので、こういうコミュニティがあるのはすごく嬉しいですね。同時に、もっと大学で勉強しておけばよかった…って思いますね(笑)。あの頃は、自分が恵まれた環境にいたということに全然気づいていませんでしたから。独立してからいろんなところに行ったり、トークショーのようなイベントにも積極的に参加したりしています。そういう機会がないと新しい知識が入ってこないので、こんこんに入れて良かったと思っています。そんなこんこんに恩返しをしたいし、こんこんの中での自分の役割も見つけたいですね」。

今日の当たり前が、明日の当たり前ではなくなる。

新型コロナウイルス感染症の影響もあり移り変わりの激しい世の中で、便利な知識やテンプレートだけに頼らず、常に最適な解を考えているという寺井さん。

彼が、こんこんに新しい風を吹かせる外とのつなぎ役として走り回る日も近いのかもしれない。

【混ぜるといえば?】卵かけご飯

「人によってはすごくきれいに、米一粒一粒に均等に卵がつくように混ぜると思うんですけど、僕は結構卵も醤油も雑にぴっとかけて、白身が多い部分や黄身多い部分、卵がかからなかった白飯の部分とかを楽しむのが好きです。いろんな方が集まるこんこんもそうですが、混ざりきらない、綺麗なマーブルみたいな感じを楽しめるのが面白いですね」。