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今混東西#4
「ところがどっこいデザイナー。
mém・前田さんの今」


古今東西。
「昔から今まで、東西四方のあらゆる所」をあらわすことばで、
「いつでもどこでも」という意味としても使われます。
歴史が根付く街・京都は、昔と今が混ざり合う場所。
しかし、そこで生まれる化学反応は「昔」と「今」という組み合わせだけでしょうか?

今混東西。
辞書をめくっても、この四字熟語の意味は書いてありません。
仕事も、背景も、興味関心も違う人々が集うこんこんは、「今」が混ざり合う場所。
いろんな「今」が集まり、新しい何かが起きようとしています。
ドアの向こうには、どんな「今」が待っているのでしょうか。
 それでは、訪ねてみましょう。“こんこん”


「こんこん」

……と、言うよりも「カチリ」のほうが正しいだろうか。

なぜなら、今回は「今混東西」初のオンライン取材で、パソコン上でやり取りをするからだ。画面に映るのは、デザイナー・mémの前田健治さん(https://www.m-e-m.jp/)。現在、前田さんは自宅近くに事務所を借りている。こんこんは仕事をするために参加しているわけではないらしい。とはいえ、コロナ禍であり、また個人的なこともあり、現在は「幽霊部員」だという。そんな前田さんに、最近のお仕事と、こんこんへの想いをうかがった。

「こんこん」のロゴ。

こんこんのWEBサイトを開くと真っ先に目に飛び込んでくるロゴ。パッと見、自然に「こんこん」と読めてしまうこのロゴだが、よく見ると「こんこん」とは書かれていない。ひらがなっぽいが、棒が足りない。文字のかたちに違和感を感じられる方も多いのではないだろうか。そんな不思議なロゴをつくったのが前田さんである。こんこんをプロデュースしているNue.incの松倉さんからロゴ制作の依頼を受けた時、まだ「こんこん」という「音」しか決まっていなかったらしい。

「デザインする上で、ネーミングやコンセプトがどのように固まっていったのかという話を具体的に聞きました。また、こんこんに関わっているチームの温度感も共有しながら制作しました。チームのみんなと会って、こんこんにも何度も足を運んで。2019年なので、コロナの影響も全然なく、多くの人と会って話すみたいなこともできていたんですけどね」と前田さん。

今はこんこんへ足を運ぶこともめっきり減ってしまったが、いろいろな入居スタイルがあること、それがこんこんの多様性だと前田さんは話す。ロゴには、そんなこんこんのイメージも込められているらしい。

「本来、“こういう風にしたい”っていう意図があると思うんですけど、こんこんの場合はそれが本当に混沌としてるというか、ぐちゃぐちゃというか。だからロゴのデザインの影響によって意味が偏ってしまうことが適してないんですよね。デザインって何かの意味に寄り添って形を整えていくから、寄り添えないとなるとすごく難しかったんですよ」と語る。

通常のアウトプットの仕方では、こんこんのロゴが生み出せない。そう思いながら調べて行き着いたのが、「合字」だった。「合字」とは二つの漢字やひらがなを合体させて、一つの文字として表す、昔よく用いられた手法である。前田さんはさらに続けてこう語る。「合字が、こんこんという響きと結びつくんじゃないかなと思って、書いてみたんですよ、ひらがなで。それを無理やり合体させてみたんですけど、なぜかこんこんって読めるんですよね(笑)。読めるので、もうこれがいいんじゃないかなとなりました。その感覚は昔、合字を作った人たちも同じじゃないかなと。そう思いましたね」。

決して狙ったわけではなく、やってみたらできたという偶然。そして「これでいいや」という感覚。前田さんは、それがこんこんを作ろうとする人々や土地に適していると感じたという。ロゴはこの一案で、一発OKだった。

こんこんのロゴができるまで。合字の実験の跡が見える。

memという屋号で独立して9年目。そんな前田さんがデザインを勉強し始めたのは高校卒業後。幼い頃から絵を描くことが好きで、高校受験の段階で美術の道を志したものの、他の受験生と才能の差を目の当たりにした前田さん。絵の才能と関係ない世界で戦える場所を探した結果、デザイン業界のことを知ったそうだ。

「これは就職してからわかったんですけど、デザインの分野って才能とかじゃないんですよね。とにかく努力。努力が報われる仕事ってこれ以上ない、そういうところで勝つしかないなって。負けたくないとか、負けても絶対見返してやるからな!とか、ハングリー精神の要素が強いんですよ」。

WEBサイトも紙媒体もこなし、デザインの幅が広い前田さんだが、一番好きなのはロゴデザインだという。

「ロゴは、要素が少ない中でデザイン的な条件や人の想いなど全てを成立させる必要があります。シンプルであるからこそ想いが込めやすいし、意図や思想がしっかりハマっていればそれに勝るものはないと思っています。僕がロゴデザインに力を込めるのは、そういう部分があるからですね。少ない要素の中に全てが詰まっているというか。ロゴが完成するとチーム内で“ここってこんな場所だよね”という共通認識が持てるんですよ。みんなをグッて同じ方向に向かせるのにいいですよね、ロゴって。こんこんも、そんな空気になった瞬間がありましたし、ロゴがあった意味は大きかったはずです。」

これまでに前田さんが製作してきたロゴの数々。

最近、前田さんは自分のデザインに対して「言葉はこれで合っているのかわからないが、“魂を込めて作る”みたいなことができるんじゃないか」と思っているという。

2020年3月、突然ステージ4の大腸がんと診断され、二度の手術を経験。入院中、ベッドに寝転がり何もできない状況で「デザインに何ができるか」を考えたが、驚くほど何も浮かばなかったと語る。よく問題解決のツールとして引き合いに出されるデザインに、「限界」という名の壁がはっきり見えてしまった、と前田さん。デザインはみんなが納得する肯定感に浸れる都合のいい装置だ、とまで話す前田さんだったが、デザインしている最中は穏やかな気持ちだという。

「デザインって合理的な世界なんですけど、説明できない領域みたいなのがあるんですよ。やってみたらなんかしっくりきて、僕が全然説明しなくてもみんなが、あ~納得!となったりするんですよね。こんこんのロゴもそうなんですけど、そういう領域って結構あって、それはいわゆる“身”から出たものかなと。自分の身からドロッと、オエッと出たものだからこそ、なにか感じれるものがあって、それがなんとなく”魂込められてる”ってことかなと思うんですよ。自分が病気になって何が残せるかって思ったときに、せめてそういうものを残したいなと。ただの仕事としてじゃなくて。それこそ千年後、一万年後になって全然関係ない人類がこんこんのロゴを見て、これは何や!と思ってくれたり。極端な話ですけど、そういうところまでたどり着けるものを作りたいな、と。今はそう思うようになりましたね。それは先ほどの合字と出会った経緯とも似ています」。

いま、前田さんはノートを作っている。デザインの仕事と並行して、オリジナルのステーショナリーブランドの構想を2年ほど前から練っていて、いよいよブランドとしてデビューさせるらしい。

「基本的にデザインの仕事って人に寄り添うことが必要で、どこまでいっても主語は“その人”なんですよ。デザイナーの僕が主語になることは絶対になくて。誰かのデザインをお手伝いするというのももちろん好きだし、今後もやっていきたいんだけど、自分が主語になることもやりたいなあ、とはやっぱり思っていて。紙のノートには興味ありましたし、こういうノートがあったらいいなとずっと探してはいるんですけど、なかなか無いんですよね。それなら、もう自分で作っちゃおうとなりました」。


前田さんが製作したオリジナルのノート。

入居するこんこんについては「自分もその中の一部だと思ってるので、そこで僕がお力になれることがあれば一緒にやりたいし、自分が何かやりたいことがあればそこで実現したいなとは思ってます。」と語る前田さん。

「今いるメンバーたちと、どうこうっていうのはもちろんあるけど、もっと外の人にも入ってきて欲しいと思っています。外と中をつなぐ役割というのは、こんこんのdiscordグループもそうだし、リアルのイベントもそうだし、こんこんというランドスケープ自体もその一つだろうし。いろんな入口があるんだと思います」。

「仕組みとか中身のシステムがどうなるのかは全然わかんないんですけど、例えばこんこんっていう場所ができて50年、100年経ったときに『こんこん行きました』とか『こんこんしてみる?』みたいな、ただの場所の名前じゃないものにまでなったらいいな、と思っています。行為の名前というか。場所や土地的なものから離れていって、文化のようなものに昇華できるような存在になればいいなと思って。そんなイメージでロゴも作りました。例えば、郵便マークも、みんな郵便マークって認識してるけどそれは誰かが決めたわけじゃないですか。こんこんもマーク化されて、ずっとそこにあって当たり前みたいなものになったらいいのかなあと」。

こんこんのロゴはそこまで考えて作ったので、時間をかけてこの場所がそうなってくれたらいいな、と前田さん。

不思議で、でも妙に手に馴染むこのロゴデザイン。「こんこん」という軽やかな響きによって、こんこんが今よりもっと身近になる未来が見えた気がした。

【混ぜると言えば?】鳥のフン

本当に直感で思いついたのはこれなんですけど(笑)鳥のフンって、白と黒の絵具グチャッてしたみたいだなあって…。