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#04 日々是口実 「人生はお金じゃない」

お金には無頓着な性格である。

いちおう、経営者なりに会社のお金はしっかり管理しているが、いざ個人となると「スーパーどうでもいい」という本音がある。ちなみに無一文だったことなんて人生でたくさんある。社会的に胸を張れることではないが、それはそれなりに楽しく過ごしていた。そんな性格なのでお金で不安になることは経営以外ではない。

母校で感じた無数の想い出

先日、母校のそばを通るついでにキャンパスにお邪魔した。いつ依頼だろう。後輩たちのためにキャリア講座に出てくれと言われた5年以上も前の登壇のご依頼。「別に就職してもしなくてもどうにかなる」なんてことをキャリア講座で言い放ってしまったもので2度と呼ばれなくなった。僕が悪いんじゃなくて僕をアサインした大学が悪いと今でも思っている。

けっこう、様変わりしたキャンパスにもところどころ思い出は残っていて、学祭のステージがあった場所には立派な校舎ができあがっていた。ステージフレームよじ登って最頂点でダイブして恐ろしく怒られた。あれ依頼よじ登り禁止になったと聞く。しょうがないメインステージの裏側でチョコボール向井がスペシャルゲストで出ていたのだ気合いも入るだろう。

本当にお金がなかった、あの頃。

あぁ、あの頃お金が本当になかったなぁと最初の一人暮らしの家を見て思い出したりした。

自由に使えるお金を自由に使った結果、酒と飯と散財に消えてゆき、1週間を柿ピーと水道水で乗り切るとか胸が苦しくなる思い出がフラッシュバッグした。近所に住んでいたインド人の友達に何の肉かわからない肉塊をもらい冷凍庫で冷やして刮ぎながら食っていた思い出も。結局、あれはなんの肉だったのだろうか。

苦い想い出に浸っていた日、あっという間に京都が真冬に突入した。

酒も抜けぬ、疲れも抜けぬで銭湯に行こうと思った。隔週くらいで銭湯を決めている。京都らしい過ごし方の一つじゃないか。そこでふと気づいた。現金が全然ないと。

家の様々な小銭置きポイントやポッケなんかをさぐって、ギリギリ700円の小銭を見つけ出す。

なんというか、お金なくても楽しく過ごしていた日々がフラッシュバッグした。
100均で菓子パン買うために同じようなことを何度もしていた。あれ、腹持ちいいよね。

小銭をポッケに銭湯を目指す。ジャリジャリと音を立て、白い息を吐き出して、タバコに火をつけてとぼとぼ歩く。これもまた懐かしい想い出とリンクする。一人暮らしでガスのお金が払えず…真冬に詰んだ時を思い出す。このままでは凍え死ぬと思い必死に小銭を探したのだ。

贈る言葉

大人450円を支払い、頭と体を洗う。
おじいちゃんに、ヤクザに、かつての僕のような学生たち。

武田鉄矢率いる海援隊の「贈る言葉」が流れる。湯船につかり、老人と会話し、サウナでヤクザと会話し、近頃の若者のサウナマナーがなってねぇと愚痴を聞く。怖いって。

しっかり仕上がって風呂上がりに残り250円でビールを買う。
これで手持ちの現金はほぼなくなった。

大人になったものだと思う。
何万円もするコース料理を人の金で食ったり。
何万円もするホテルを仕事なので試泊で泊まったり。
あの頃食ってたスシローはもう食べれない口になってしまったよ。
良いのか悪いのかわからないね。

それでも、なおこうやってあの頃と変わらない700円の至福を楽しめるのは、苦しかったあの時代をなんとか楽しもうと生きてきた自分のおかげなのかもしれないと思う。何万円の料理より、何万円の旅よりも、たった450円の銭湯に僕は幸福を感じている。かつての松倉青年よ、そして風呂にいたあのこの頃の自分のような学生よ。君たちに贈るとしたら「金なんかなくても、なんとか笑って生きてけるぜ」ってことだ。

その時、どのように生きてきたかがマジで人生の全てかもしれないね。