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2020.10.05

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読み物

今混東西#2
「様々な人と混ざり合い、
演劇の世界で物語を生みだすたみおさん」


古今東西。
「昔から今まで、東西四方のあらゆる所」をあらわすことばで、
「いつでもどこでも」という意味としても使われます。
歴史が根付く街・京都は、昔と今が混ざり合う場所。
しかし、そこで生まれる化学反応は「昔」と「今」という組み合わせだけでしょうか?

今混東西。
辞書をめくっても、この四字熟語の意味は書いてありません。
仕事も、背景も、興味関心も違う人々が集うこんこんは、「今」が混ざり合う場所。
いろんな「今」が集まり、新しい何かが起きようとしています。
ドアの向こうには、どんな「今」が待っているのでしょうか。
 それでは、訪ねてみましょう。“こんこん”


「こんこん」

ノックしたのは、こんこんの共用部「阿」の扉。中に入って履物を脱ぎ、一段上がると、おばあちゃんの家のような落ち着く雰囲気の部屋に、女性が一人。
「ユリイカ百貨店の中杉と申します」。
そういって名刺を渡される。中杉美知子。そのすぐ下には「たみお」の3文字。…たみお?
話を聞くと、大学の劇団に入ってすぐのエチュード(即興劇)で、当時流行っていた奥田民生の歌を歌いながら出てきたことから「たみお」というあだ名がついたそうだ。なんとも言えない親しみやすさなので、今回は「たみおさん」とお呼びすることにする。

共用部「式」の一角。たみおさんがよく仕事をしているスペース

たみおさんが演劇に出会ったのは、高校3年生のとき。もともと絵や物語を感じる広告が好きで、そういったものに携わるために美大を受験しようと考え、デッサン教室に通う日々を過ごしていた。演劇にも特に興味は持っておらず、むしろ苦手とすら思っていたという。
しかしある日、たまたまテレビで放送していた野田秀樹脚本/演出の「キル」という演劇が、たみおさんの全てを変えた。
「見た瞬間に衝撃が走って、演劇をやりたい!と思いました。それだけの威力がある素晴らしい作品でした」。
床に丸く落ちると思っていたスポットライトの光が四角だったり、割れた舞台の床から人が出てきてお芝居を始めたり、圧倒的な存在をもつ衣装を目にしたり。そして何より、物語性を感じる広告が好きだったたみおさんは、「生きる」「着る」「kill」といった言葉遊びが散りばめられた「キル」という舞台に一気に引き込まれたという。
なんとなく行きたいと思い描いていた世界は一夜にして演劇に塗り替えられ、たみおさんは受験をやめる決意をした。

京都精華大学に通っていた友人に連れられ、大学の演劇部「劇的集団忘却曲線」に入部し、たみおさんの演劇人生が始まった。美術やデザイン、陶芸など各学部から芝居好きが集結した劇団は、「クレイジーでクリエイティブな人たちの集まり」だったという。直接の先輩にあたる方々は、京都・三条の「ART CONPLEX 1928」で上演している「ギア」の立ち上げメンバーだ。
最初の1年間は外部から通い、小道具や映像製作などの裏方をこなしたのちに精華大学に入学して正式に入部。ただ美しいものや楽しいものを作りたいと飛び込んだ世界で、ひたすらに創作を続ける先輩の姿を見て「演劇ってここまで作り込むものなんだ」と気づいたたみおさんは、経験を積むうちに自主企画で脚本・演出を行うようになった。その中のある舞台で登場するのが、現在の屋号にもなっている「ユリイカ百貨店」である。恋人を亡くし傷心した作家が、百貨店で巻き起こるファンタジックな出来事を通して再奮起するまでの物語なのだが、その当時、自身も百貨店で接客販売のアルバイトをしていたという。
「広告や接客販売は、そのモノが誰かの手に届くまでの物語の一部のように思えて、とても憧れていたのです。そのバイトの経験もあってユリイカ百貨店の設定が生まれました。自分の劇団を立ち上げる時にも、百貨店のように複合的で、モノを買う買わないにかかわらずその場に行くことで良いものを見れた、明日も頑張ろう、と思いながら家に帰れる演劇をつくりたいと思ったんです」。

演劇だけではなく、現在はユリイカ百貨店として子ども向けのワークショップも企画
photo by 酒井修平

2001年にユリイカ百貨店を立ち上げてからも、ただ衝動に任せて制作を続けた。作品は1年に1、2回作れたら精一杯。幕が閉じたら死んでも良い。それほどの没入具合だったという。
「私としては本気だったんですけど、たぶん趣味って言われても仕方がなかったと思います。ずっと赤字だったし、計画性もなく漠然としていました」。

そんな活動を9年続けたのち、妊娠も重なって「つくる」ことが辛くなったと、たみおさんは語る。
「あまりにも夢中になってつくるせいか、ご一緒してくださる相手の意図や想いを無視したり、対話にならなかったり、演出としての横暴をはたらいてしまっているような自覚があったんです。つくり手だからといってこれは許されない、辛い、と」。
今までと同じように続けていくのは無理だと、それからの4年間は子育てだけをし続けたという。「私は演劇がないと生きていけないと思っていたんですが、4年間演劇から離れて、演劇にかかわっていない子育て友だちもめちゃめちゃ面白いし、演劇がない世界もある、ということに気づきました。私、ほんとにそれくらい没入してたんです。演劇をしていなくても私は生きていけるんだ、と思ったんですよ」。
たみおさんにとって、それは衝撃的な事実だったという。自分が活動する小劇場の情報は、小劇場での舞台を観ない人のもとに何一つ届いていないし、届いてないからといって困っているわけでもない。演劇がなくても普通に幸せなんだと、今までの自分の傲慢さに気づいたのだという。
「今思えば痛々しいんですけど、演劇をやらないと誰も幸せにできないと思っていました。その一方で、遠くから改めて見ると、たくさんの人たちが集まり、それぞれの技術や思いを込めて作り上げる演劇や舞台の複雑さ、素晴らしさに、もう一度気がつきました。だから、次は自分の経験を活かして誰かの役に立つことがしたいと思ったんです。この経験を使って人の役に立つにはどうすれば良いんだろう、という視点で初めてみようと」。

事務所の2階には個人で仕事ができるスペースも。「ここいいなあ、使ってみようかな」とたみおさん

こんこんには、こんこんのコミュニティーをマネジメントする「Nue inc.」のスタッフが元々知り合いだったこともあり、フリーランススペースへの入居が決まった。ここで何をしたいのか、という具体的な目標地点はまだ見つかっていない。
「やりたいことではないんですが、こんこんに来てすごく助かっていることがあって。こんこんに所属している人や、こんこんに打ち合わせにくる方々は様々な業種の方がたくさんいらっしゃるんです。その方々と、本当に立ち話程度なんですけど何かしら話せるタイミングがあるんですよ。お芝居や子育てだけでは知り得ない話を聞くのが面白くて。お坊さんやお茶畑の方、ボードゲームを作っている方の話も…。面白い人ってこんなにおるん!?みたいな。その方たちの話を聞いたり質問したり、抱えている仕事のことを聞いてもらっていると、視界がすごく開けるというか、もっと面白がって良いんだなって思えるような体験がとても多くて。なのでその方々と何かしたいというより、今はただお話ができるということだけでもだいぶ助かっています」。
目的がない知識の交換ができることが良い、とたみおさん。いつか自分にとって有益なものになるはずで、まだ形にならないコミュニケーションのようなことができるのがありがたいという。出口がないと思っていたものに、突然全然違う出口が開けるような体験ができる…こんこんはそんな場所のように思える、と話す。

固定のスペースがない故に、いくつもあるこんこんのお気に入りポイント。
「線路みたいで面白くないですか?」と語る、3階からの眺めもその一つ

目的のないインプットのことを、たみおさんは大好きな『風の谷のナウシカ』に登場する王蟲の触手に例える。
「形になるアウトプットにつながるかどうかはわかりませんが…傷ついた人を癒して、知らぬ間に回復してあげている、作品の中で出てくる“金色の野”みたいな。スケールが大きいですね(笑)でも、そういうふわっとした柔らかな、キラキラしたつながりみたいなものが、こんこんの中にあるように感じています」
こんこんの中で伸びていく“見えない触手”が、きっとこれからのユリイカ百貨店に新しいキラキラをもたらすのであろう。

【混ぜるといえば?】両極を混ぜる

「今、量子力学とかに興味があって。そういうものと物語を混ぜて考えるのが好きなんです。古事記と今とか、両極端のように思えるものを混ぜて考えています」。