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今混東西#1
「ワインとコーヒーで、
人の日常に混ざる坂本さん」


古今東西。
「昔から今まで、東西四方のあらゆる所」をあらわすことばで、
「いつでもどこでも」という意味としても使われます。
歴史が根付く街・京都は、昔と今が混ざり合う場所。
しかし、そこで生まれる化学反応は「昔」と「今」という組み合わせだけでしょうか?

今混東西。
辞書をめくっても、この四字熟語の意味は書いてありません。
仕事も、背景も、興味関心も違う人々が集うこんこんは、「今」が混ざり合う場所。
いろんな「今」が集まり、新しい何かが起きようとしています。
ドアの向こうには、どんな「今」が待っているのでしょうか。
 それでは、訪ねてみましょう。“こんこん”


「こんこん」

…ノックはここで良いのだろうか?
少し重ための引き戸をゆっくりと開けると、「“こんこん”がしにくい扉ですよね、うち」と店主の坂本光優さんが笑いかけてくれた。
「ほかのみんなはちゃんと鉄扉が付いてるのにうちだけ…ここだけ鍵も南京錠ですわ。一番、盗られたらマズいもんいっぱいあるんですけどねぇ」。

ハンドドリップ方式で、一杯ずつ丁寧に淹れる坂本さん

ガラスの引き戸がコンテナにはまった、少し不思議な店構えの「TAREL(タレル)」。コーヒーも飲めるワインバーとして、こんこんの入口に店を構えている。
坂本さんがカウンターの向こう側でコーヒーを準備していると、1人の女性がお店に入ってきた。最近常連になりつつあるらしく、この日も悩んだ末にカフェラテを注文する。

カフェラテを待つ女性に、「ヨダレが出るほど」欲しかったという届いたばかりの本を見せる坂本さん。大阪に巡回してきたが、行けなかったという展覧会「インポッシブル・アーキテクチャー ―建築家たちの夢」の図録だ。もともと建築を勉強していたので、展覧会に行くというよりも建物自体を見に行くことも多いらしい。

「インポッシブル・アーキテクチャー ―建築家たちの夢」の展覧会図録

人生の半分を京都で過ごしているという坂本さんは、10年ほど前に大学を卒業したあと、商業空間や店舗内装の設計に携わりたいと、カフェでバイトをしながら大阪の専門学校に通った。その後店長候補として別の飲食店に誘われ、3年ほど勤めたら建築の世界に戻るつもりだったが、飲食業界で仕事をしていこうと考えを変え、結局6年半働いたのだそうだ。
そして、1人で店を開くため理想の敷地を求めて知人をあたるも「ないよそんなもん。あったら奪い合いや」と撃沈。その時、たまたま「1年待てるならそういう場所が出てくるかも」と、コンテナを並べた施設の計画を聞いたという。それがこんこんだった。
「こんこんは、僕が考えてた営業時間帯や1人で運営するというやり方にちょうどぴったりだと思いました」。
立地にも魅力を感じ、「誰にも渡したくない」という思いもあったため、その場で入居を決めた。
工事開始と完成の目処が立ち、2018年の暮れから5ヶ月間は修行も兼ねて城崎の友人の店へ。自分が目指す「ワインとコーヒーを提供する」スタイルと同じだったため、きっと何かプラスになると思ったという。
京都に帰ってくると工事が本格的に始まっていて、内装設計などデザイン面での話も進んでいった。
店舗に関して一番良かったのは「サイズ感」だという。
「僕はオーナーになりたいわけではなく現場の人間でいたいので、自分ができることはこのくらいのサイズじゃないとできないんです。でも、人と働くこと自体は大好きですよ」。
カウンターを挟んでも、坂本さんとお客さんの距離は近い。人を身近に感じたい坂本さんだからこその設計なのだろう。

ワインを身近に感じて欲しいという想いからワインゾーンに並べている関連書籍

インタビュー開始時に淹れていただいたコーヒー(エチオピア産・浅煎り)を味わいながら、なぜ「ワインとコーヒー」なのか、というずっと気になっていた質問を投げかけてみた。
「ワインは、8年前、当時配達担当だった子に、まったくわからんから教えてくれと伝えて、手取り足取り教えてもらいました。主に僕が扱ってるのは化学肥料や農薬を使わずに育てたブドウを野生酵母で発酵させ、なるべく人の手を加えず醸造するワインなので農作物のようなものと思っています。だから生産者の顔が見えてくるし、今まで液体だと思っていたものが急に身近になったんです。そういう捉え方ができた時に、自分の身の入り方も変わったんですよね」。
その体験もあって、ワインがもっと日常的であればいいと考えている坂本さん。あまり前情報を与えず、お客さんは脳みそを使わずに「なんかわらんけど美味しいから呑んでる」感覚になってくれればいいと語る。
そんな坂本さんは、これからもワインを出し続けたいと話す。

「店も僕自身も、しれっとお客さんの日常に溶け込んでいきたい。出勤前にコーヒーを飲んで、仕事の帰りにお酒を呑んでいくような。そんなことがしたいって思ってるかな、根底では。あまり商売っ気がないんだけど、今日が暇だからといって焦るでもなく、長い目で物事を捉えたいんです」。

お客さんからもよく見える位置に置いてあるエスプレッソマシン

一方、朝からお酒だけを提供するわけにもいかないと、コーヒーを出すことも決めていた坂本さん。

当初はハンドドリップで淹れるコーヒーを想定していたが、前の店を退職したあと声をかけられた店で本格的なマシンを触る機会があり、考えが変わったという。
「勤めていたお店での経験もそうですし、城崎の店も、豆の個性をうまく引き出すような焙煎をされた豆を使用してコーヒーを提供していました。
だから自分も、焙煎をやっている友人との取引を決める中で、熱意を持っている人間の豆を扱うんだったら、コーヒーに真摯に向き合いたいというのがあったんです。ワインのおまけではなく、ワインと同じくらいの熱量で向き合っていることを取引先にも示したくて…何百万円もするんですけど、真剣さの度合いを伝えるためにエスプレッソマシンの導入を決めました」。

もともとの手書き風デザインのカレンダーに溶け込む「somen」の予定

店の壁にかかるカレンダーに目をやると、7月最後の週末に「somen」の文字があった。店先のスペースを使って流しそうめんの会を開くという。
「奥(こんこんに入居している人たち)にも声をかけてるし、外部の人も呼ぶし。そんな感じで、奥と外が混ざればいいなあと」。
TARELは“そういう”役割なのだと、坂本さんは話す。定休日の日曜日に開催するのは、普段来ることができない人や、親子連れに来て欲しいという想いから。「ここだけで盛り上がってるんじゃなくて、奥も近所も、なんかうまい具合に人がTARELを介して繋がればいいんじゃないかなと思うんです」。
外とこんこんの境界線に位置するこの場所にお店があるからこそ、お店に訪れる方はもちろん、入居者ともコンスタントにコミュニケーションが取れるのだそうだ。
「深いところまでは知らなくても二言三言交わすことはあって、入居者のほぼ全員と喋ってますね。いい場所を与えてもろたなーと思います」。
何でもかんでもお客さんにたくさん来て欲しいわけではないので「変にバズって欲しくない」と坂本さん。「そのためにこういう立地を選んでいるし、お客さんが来たいときに気軽に寄ってもらえるような場所になればいい」と話してくれた。
「ただ、最低限明日もご飯食べれるようにはがんばります(笑)」。
そう明るく笑う坂本さんの元に、今日もゆるりと人が集まる。

【混ぜるといえば?】DJ 音楽と音楽を「混ぜる」

「音楽レーベルが運営している店で働いていたので、音楽との距離が近いんですよ。当時は、店内で友人たちがDJすることもよくありました」。