今混東西#7 いとう写真館・伊東さんが写したい今と、伝えたいこれから
古今東西。
「昔から今まで、東西四方のあらゆる所」をあらわすことばで、
「いつでもどこでも」という意味としても使われます。
歴史が根付く街・京都は、昔と今が混ざり合う場所。
しかし、そこで生まれる化学反応は「昔」と「今」という組み合わせだけでしょうか?
今混東西。
辞書をめくっても、この四字熟語の意味は書いてありません。
仕事も、背景も、興味関心も違う人々が集うこんこんは、「今」が混ざり合う場所。
いろんな「今」が集まり、新しい何かが起きようとしています。
ドアの向こうには、どんな「今」が待っているのでしょうか。
だいぶ通い慣れたはずのこんこんに、入る路地を一本間違えてやってきてしまった。少し焦りながら、こちらもだいぶ馴染んできた1階の共用部「式」の扉をノックする。
“こんこん”
今回の取材は、ちょっとした番外編。
座布団に腰を下ろしていたのは、赤いウィンドブレーカーにキャップ、丸い眼鏡をかけた優しそうな男性……写真家の伊東俊介さんだ。
伊東さんが主宰する「いとう写真館」は、日本各地に赴き定期的に撮影会を開催するというスタイルの、常設店舗を持たない“出張写真館”。
3月5日(土)・6日(日)にこんこんで撮影会を開催するため、近頃は準備でこんこんによく出入りしているとのことだった。
写真館で撮る写真といえば、七五三や成人式、結婚写真など人生の節目に撮るかしこまった写真というイメージがあるが、伊東さんの写真はどれも日常を切り取ったような飾らない、ふだんの姿。
いとう写真館で、伊東さんがカメラを通して見つめているものとは?
じっくりお話をうかがってみた。
「うまくまとまらへんかもしれんけど」と切り出してくれた伊東さん。そもそもいつから写真に興味を持ち始めたのかと聞くと、意外な答えが帰ってきた。
「最初に興味を持ったのは23歳の時で、きっかけは漫画です。やりたいことやった方がええで、といつも言ってくれていた当時のアルバイト先の先輩から借りた『サードストリート』という漫画なんですけど、主人公が放浪の旅を経て最後にカメラマンになるというストーリーで。その時はまだ職にしたいという気持ちではなく、こういう仕事もあるんだなという認識でした。その後就職先を決めるタイミングになったときにカメラマンを思い出して、趣味でも触れたことのない世界だったのでやってみようかな、と思ったんです」。
元々スポーツが好きで、写真について興味すらなかった伊東さん。しかし、真っさらな状態から始めたからこそ、感じたこともあったという。
「最初の頃は商品撮影などいろいろ経験させてもらっていたんですが、めちゃめちゃ面白かったんですよ。自分が表現したいものがハッキリしていると“なんでこんなことしないといけないんだ”って思う人も居るかもしれないんですけど、全てが新鮮でした。高校の部活のときから写真を撮ってきたとか、そういう人がたくさん居る中で専門の学校も出ていない自分は一番技術がない。この業界には自分よりできる人しか居ないと思いながら仕事をしていました。でも、そんな自分だからこそ気づけることは大事にしようと意識しましたし、もっと面白い仕事をしてみたいと思ったんです」。
いとう写真館が始まって18年、伊東さんの写真家としての活動は23年目になる。人を撮りたいと思うようになってから、どのようにこだわりは生まれたのだろうか。
「こだわりや譲れないものはあるのか、って聞かれると、逆に全部譲りたいくらいなんですよ。以前、撮影したモデルの方に“カメラマンが撮りたい自分で居なければならない、という気持ちでカメラの前に立っている”という話を聞いたことがあって。でも、僕は“そのままを撮りたい”んです。3分間じっと立っているだけだったら、1つのバリエーションしか撮れないじゃないですか。なるべく、撮り手のこだわりに相手が合わせなくてもいいようにしたいんです。子どもを撮る時も、じっとしているよりチョロチョロ動いてほしい。そこがある意味こだわりかもしれません」。
伊東さんの撮影会は、15分間撮影時間があっても、実際にシャッターを押しているのはそのうちの5分くらい。ほかはお客さんとのコミュニケーションの時間で、次のお客さんと交代になる直前まで話が弾むこともあるという。
「仕事のメインはコミュニケーションやね」と伊東さんは笑う。
「写真を撮りに来たことを忘れさせたいんですよ。意識していないその一瞬の表情を拾いたい。絶対そっちのほうが写真写りがいいと思ってます。相手とどんな風に接しているかが撮り手の個性になるから、僕の場合は話したり、接することが一番重要ですね。お客さんと話すことが大切なので、ファインダーはあまり覗きません」。
あるお客さんからは、“写真を見るたびに伊東さんと会っている気分になる”と言われたこともあるのだとか。撮影時の対話を大切にする伊東さんならではのエピソードに、こちらも心が暖かくなってしまった。
いとう写真館のもう一つの特徴は、紙にプリントしてモノクロ写真でお渡しすることだ。一枚一枚、アルバムのページをめくっていくと、そこには家族の歴史が広がっている。
伊東さん曰く、その年の一枚の選び方も重要だという。
「あえて笑っていない写真を選ぶときもあります。ぶすっとしていても可愛らしさを感じる時があるし、写真に動きがあるとその年を思い出すきっかけになるので。
デジタルって便利やし、すぐに地球の裏の人にも見せることができてすごいけど、そこまで便利である必要ないんちゃう?って思います。利便性があんまり行きすぎると、写真本来の形である意味が薄れてしまう気がしているので、紙で届けるというこの形は守っていきたいですね」。
この日は、いとう写真館で働く山本みなみさんにもご同席いただいていた。
「みなみちゃんみたいな若い世代の子がこの仕事をやりたいと思ってくれているから、僕はやってきてよかったなと思うよ」。伊東さんはうれしそうに話す。
みなみさんはいとう写真館の“モノクロ写真”の良さが、伊東さんの言う「写真でその時を思い出す」部分に繋がると感じているようだ。
「モノクロであることは、人や家族の写真を撮るうえで“思い出せる”要素になっていると思います。決してカラーが劣るとは思っていないんですが、今の仕事を始めてアルバムをたくさん見る中で、モノクロだと真っ先に表情に目がいくんです。どんな色の服を着ていたかとか、構図がどうとかではなく、“何年に撮ったこの人”という視点で見ることができるんですよね。写真を撮ったときに起こっていたことに注目できるというか。アルバムを見終わったときに、写真ではなくその人の歴史の一部を見たような気分になります」。
「普通の、そのままの写真を撮りたい」。
インタビュー中、伊東さんの言葉の奥には常にこのポリシーがあるようだった。
世の中にある写真館が、ハレの日の記録にと限定された使われ方をしているのがもったいない。自分がいとう写真館としての活動を続けているのを見て、もっと多くの方にやってみてほしい、と。
さらにお話をうかがっていると、伊東さんにとっての“良い写真”とは何かが見えてきた。
「これは僕の個人的な写真論になるのかもしれないけど、“何回も見返したくなる写真”を届けることができる人が増えて欲しいと思っています。18年前と比べたらフリーランスで写真館を開く人は増えたけど、出張撮影会のスタイルを継続している人は少ないし、繰り返し開かれているわけでもありません。それは、カメラマンに言われた通りに映らないといけない場になっているからなんじゃないかなと思ったんです。もしかすると、撮影が楽しくないのかもしれない、と。来年も撮りにきてねと言う気持ちでお客さんに向き合って、その撮影が楽しかったらまた行こうかなって思ってくれるはずなので。
みなみちゃんが担当した撮影会で、その場で写真を見せていないのに、お客さんからまたやってくださいって言ってもらってたんですよ。おそらくあの撮影会の場では、撮り手とお客さんのあいだに全力で楽しもうというコミュニケーションが起こっていました。みなみちゃんもそうやし、他にもやりたいって思ってくれる人がいたら、一種の信頼関係が生まれるようなそんな空間づくりを伝えていくことができたらいいと思います」。
伊東さんは、こんこんでの撮影会をきっかけに「撮影会はどこでもできる」ということを伝えたいそうだ。
みんながいつも目にしている風景を背景に、その人の、その街の姿が撮れたら良い。邪魔だからと撮影用に自転車を退かさなくてもいい。場所を作らない。その年の、その時の姿が撮れたらそれで良いのだと。
人やもの、さまざまな想い。
いろいろなものが混ざり合うこんこんで、どんな1枚が生まれるのか。
写真を撮られに行くのではなく、伊東さんたちに会いに、ぜひ撮影会に足を運んでみていただきたい。
いとう写真館×SHIKIAMI CONCON 撮影会
@SHIKIAMI CONCON 外2022.3.5 (sat) – 3/6 (sun)
10:00-17:00 最終受付16:30
撮影の時間は、1組30分です
要事前予約
詳細はこちら
いとう写真館 展示会「津々浦々」
@SHIKIAMI CONCON コンテナNo.5 (入場無料)
2022.2.15 (tue) – 3/6 (sun)
13:00-18:00
水、土、日はclose 最終日は16:30まで
SHIKIAMI CONCON へのアクセス🐾
伊東俊介さん(左)
いとう写真館を始めて18年。子どもとコミュニケーションをとる時は芸人ばりに気合を入れるが、一度見たネタには興味を示さない子どものシビアさを痛感する日々。
山本みなみさん(右)
いとう写真館で働き始めて1年。幼い頃に七五三の撮影をした写真スタジオでのもやっとした経験がずっと記憶に残っていて、伊東さんの対話する撮影スタイルに感銘を受ける。
【混ぜるといえば?】
伊東さん「カレーライスしか思い浮かばへん…最終的に混ぜるので」
みなみさん「色が混ざるイメージで、絵の具。好きな色は決まってなくて、この物やったらこの色、この形だったらこの色っていう好みです」
写真:三好天都