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今混東西#9 デイサービスから古着屋まで “まずはやってみる経営者” その名はひげさん


古今東西。
「昔から今まで、東西四方のあらゆる所」をあらわすことばで、
「いつでもどこでも」という意味としても使われます。
歴史が根付く街・京都は、昔と今が混ざり合う場所。
しかし、そこで生まれる化学反応は「昔」と「今」という組み合わせだけでしょうか?

今混東西。
辞書をめくっても、この四字熟語の意味は書いてありません。
仕事も、背景も、興味関心も違う人々が集うこんこんは、「今」が混ざり合う場所。
いろんな「今」が集まり、新しい何かが起きようとしています。
ドアの向こうには、どんな「今」が待っているのでしょうか。


“こんこん”

引き戸を開くと、聞こえたのは朝のテレビ番組の音声。続いて、何人かの話し声も耳に飛び込んでくる。

「おはようございます~」と、のんびりした空気を纏った男性がやってきた。この方が今回お話をうかがう池内章紘さん……通称「ひげさん」である。

ひげさんはデイサービスセンター「悠遊庵」や鍼灸接骨院「美と整」などを運営する株式会社GMSの代表。この日も実際に現場を見たほうがいいだろうということで、取材もいつものこんこんではなく悠遊庵でさせていただくことに。ただ、事前にいただいていた情報がどうにも不思議だった。

“なんか、いろいろやっている方です”

これまでの今混東西でご紹介してきたみなさんも、もちろんいろいろな活動をされている方ばかりだった。それにしても、事前資料として受け取った情報のカテゴリが多岐にわたりすぎていて、いったいどんな方なんだ?とドアをこんこんしたら、Tシャツに短パン姿でご本人が現れた…というわけだ。

そんなひげさんのことを知るべく、朝のストレッチを始めたおばあちゃんたちの声に紛れながらインタビューは始まった。

デイサービスセンター「悠遊庵」には、朝のゆったりとした空気が流れていた。

「株式会社GMSはもともと複数の拠点を持つ整骨院の会社だったんですけど、ちょうど患者さんが高齢化してきたこともあり、次のステップということでデイサービスである悠遊庵を始めました。ちなみに悠遊庵という名前は、もともと書道をしていた整骨院の先生のペンネームが『悠遊仙人』だったことに由来します。今は整骨院時代からスタッフも増え、送迎ドライバーの方を含めて30人ほどで運営しています」

…と、まずは悠遊庵の基本情報からうかがってみたのだが、整骨院にかかわり始めたきっかけを聞いてみると、ここからひげさんの「なんか、いろいろ」な部分が見えてきた。

「きっかけは、最初のお店を作るときに立ち上げを手伝ったからですね。元は僕の友達のお父さんが経営していたんだけど、手法として他店舗を展開していく思考の方だったんです。それらの他店舗を運営する個人事業主のグループを法人化して、僕が代表をすることになったって感じです。

もともとは全く違う分野のことをーー最初はインターネットの服屋さんを運営してました。あと、こんな漫画欲しいっていうお客さんのアイデアを作家さんに依頼・納品してもらうっていうコミックのオーダーメイドサービスもやってましたね。一番クセが強かったオーダーもよく覚えてます(笑)」

なんとひげさん、この時点でまだ大学生。元を辿れば高校時代には既にモノをネットで販売していたとのことで、「早咲きだったんですね」とご本人も笑っていた。はじめて他人にお金と引き換えにモノを譲ったのは、たまごっちやG-SHOCKといった当時の流行り物だったのだとか。何を取り扱うかという点においては特にこだわりがなかったようだ。

悠遊庵の施設案内リーフレット。表紙の絵はスタッフの方が描いたもので、センター内にも飾ってある。

ジャンルは広いが、モノ自体に興味があるのであれば自分で何かを製作することもお好きなのでは?と思い、質問してみた。が、そういうことではないらしい。

「自分で作ったモノなのか、仕入れたモノなのかという点についてはあまり境界がないですね。今の会社のリーフレットとかも自作なんですけど、“自分でつくる”ほうで商売しようとは思ってなくて。“モノを扱う”ほうがテンションが上がるみたいなんですよね。人に喜んでもらえるきっかけがつくれるっていうのが理由かな。根源的なところでいうと、モノを相手に届けたり、取引して、相手に喜んでもらう…っていうのが、事業を継続していく上で必要なちっちゃな楽しいポイントだと思います。」

“モノを扱う”ことにひげさんが魅力を感じるポイントにも、これまでの人生の中でいくつか段階を経てきたらしい。

「最初はそのあたりのことはどうでもよかったんです。お小遣いにもなるし、おもろくてやってたことだから。でも、取り扱ってておもろいと感じ始めたきっかけは洋服なんですよ。手がかかってつくり込んだものがこの値段ですか!みたいなところが、自分で扱っていると感覚的にわかるし、いろんな生産工程を経るからこそのこだわりがいちいち面白かったりして。特に僕が取り扱っていたのはデザイナーズブランドの古着だから、全部一点ものなんです。販売用に写真撮影したり、商品についてテキストに起こしたりも自分でしていました。」

どこかの誰かに自分の選んだモノが届く、そのきっかけをつくるため、じっくり時間をかけて商品ひとつひとつと向き合う。その時間が、ひげさんにとって“モノを扱う”ことに感じる魅力なのかもしれない。

インタビュー中のひげさん。マスクを取っていただくと、想像していた通りの優しそうな表情が現れた。

早くもインタビューが終わりそうになっているが、このコーナーが「今混東西」だということを忘れてはいけない。続いて、ひげさんとこんこんとの接点についてうかがってみた。

「3年前のこんこんの内覧会に早星(こんこんの仕掛け人・松倉早星さん)が呼んでくれたんですよ。その時は見学しただけだったけど、整骨院の移転に伴って事務所が一つなくなるという時期に、ちょうど良かったから借りました。今は週2,3回通っていて、ほぼ僕一人か、事務のスタッフと二人で作業するくらいになりましたね。

こんこんでは、誰かと顔を合わせたら喋るかな。メンバーとはまあまあ顔見知りやと思います。1階(共用部)に降りていくと運営メンバーがいるので、最近はおやつを渡したりもしますね」

こんこんでは、定期的に入居者が好きな食べ物やお酒を持ち寄ってこんこんでやってみたいことについて話す『自治会』が開催されており、2022年4月のスタート当初は自己紹介がシリーズ化していたようだ。その自己紹介がひげさんの番だった際に冒頭で書いたエピソードが披露され、面白さに会場が沸いたらしい。

「こんこんのみんな面白いですよ。その中の何人かとはお仕事もしてるし。悠遊庵のパンフレットも、ディレクションや構成はぬえの阪田さんがやっていて、写真もこの前までこんこんに入居していた丹生さんに撮ってもらいました。こんこんは敢えて混沌としている環境を作ろうとしているのがおもろいなと思います」

仕事面以外でも、入居者の「ワインセラーやってみたい」という話に乗り、倉庫を借りて一緒にワインセラーを始めたり、こんこんで開催するイベントに自家用車を出品して売ったり、ネットワークを広げながらひげさんらしくこんこんを楽しんでいる様子だ。

最近はようやく自分の時間ができ始めた、と話すひげさん。しかし常に携わる事業のこれからも考えているという。

そんなひげさんがこれからやってみたいことは「古着のオンラインショップ」だという。

「フリーになって3~4年の友人が、一人で古着を仕入れて売って、結構収益を上げているらしくて。それを事業化しようかという話をしてたんですけど、一人で物販事業を立ち上げて運営するって難しいんですよ。なんでも仕入れて売れるわけじゃないし、彼もいろんな失敗を経て今のやり方にたどり着いたようで。彼の話を聞いてなるほどと思ったので、自分の経験も踏まえて手伝えばもっと大きくしていけるんじゃないかって思ったんです。だからやってみようかって」

これまでも、一人でゼロから始めるということはほとんどなく、既に誰かと進めていることを事業化することが多かったというひげさん。

「純粋に、経営が楽しいんですよね。というか、自分にはそれしかできひん気がする。営業職やれって言われても、やってはみるけどたぶんもっと上手な人いるよねって思ってしまうし。

経営って、ゲームでいう戦士とか魔法使いとか僧侶とか……僕の中ではあれの中の一つの感覚で、数ある“職能”の中のひとつなんです。業種にこだわりはそんなになくて、いろんな分野の“経営”してって言われたら、実際にやると思います。もしかすると、いきなり水道屋さんを始めたりもするかもしれません。

学生時代に事業をやっていたときから、経営者っぽい動きしてるなあっていう感覚はなんとなくありました。でも、“ここまで続けるぞ”みたいなビジョンをあらかじめ持っていたわけではないですね。なんかわからんけどやってみる、って感じ。計画を練りに練る訳ではなく、やってみるかどうかでしかないと思っています」

持ち前のフットワークの軽さで、とにかくいろいろやっている、ひげさんこと池内さん。

今後のことを考えながら、じわじわやっていけたらいいと話すひげさんの新たな「わからんけどやってみる」が、こんこんにどう染み渡っていくのか、楽しみだ。


悠遊庵の近くには小さな川が流れていた

このリーフレットは、こんこんの仲間の阪田さん(株式会社ぬえ) と一緒につくった

いま見ると眩しい夏の日差しの中の撮影

自分が歳を重ねた時に、近くで知り合いがやっているデイサービスに通えたら安心だな、と思う

朝から人の活気が静かに満ちていた悠遊庵

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池内章紘さん

京都市内で通所介護施設や整骨院を複数経営する「株式会社GMS」の代表。2~3年に一度は引っ越しをするらしく、現在の住居はもう5か所目。引越しの理由はズバリ「気分」。

【混ぜるといえば?】
スパイス。ちょうど昨日カレー作ること考えてたんです。最近「あさくら」ってところのスパイスミックスを薦められました。20種類が小袋できて自分で混ぜられてね。いいねと思って。

写真:川嶋克