#12 日々是口実 「シンプル・ミニマムの究極系」
シンプル・ミニマムといった言葉は巷にもたくさん転がっている。
うっすら感じていると思うが、これが一番難しい。足し算より引き算の方が難しいのが世の常だ。
足せば足すほど十徳ナイフのような八徳ほど必要性ものを携帯することになる。
ちなみに私は栓抜きと小さい鋏しか使ってないと気付き手放した。
先日、感動を超えて、身の毛もよだつほどのシンプルでミニマムかつ圧倒的な完成度の作品を見た。
元トーキング・ヘッズのフロントマン、デビット・バーンの「アメリカン・ユートピア」だ。
一応トレーラーを置いておくが、これだけだと白髪のおじさんがコミカルに歌っている退屈そうな映画に見えるので作品を是非見ていただきたい。
2018年のツアー「アメリカン・ユートピア」後にミュージカル版「アメリカン・ユートピア」を生み出し、コロナに突入してしまったが故に実際の作品を見れた人は少ない。その数少ない観劇者たちの口コミがじわじわと世界に広まったような形だろう。
監督は映画好きなら「それはいけるで」となるだろうスパイク・リーだ。
この公演のコレオグラファーやら、照明やら、音響チームや、11名の奏者たち。
関わるスタッフたちが圧倒的に有名かつ有能な最高峰のチームが作り出した舞台がものすごい。
このレベルの人たちが「無駄を削ぎ落とした」表現に向き合うと、こうも底知れぬ感動を与えるのかと恐れ慄く。
パッと見、手に取らないようなジャケットだ。
世代が若いとトーキングヘッズそのものも知らないだろう。もしかしたらスパイク・リーすらも。
頼む、何かものを作ったり、表現をする人は見ておいてほしいと切に願う。
本当に最小限の要素だけで関係性を作ろうという試みのように私には見えた。
全ての楽器に配線はない。みな色のないグレーのスーツ。ステージにはチェーンで囲われた伽藍堂なステージだけ。それだけで104分休みもない演奏を飽きることなく、むしろ、スクリーンの前で自然と拍手していた。
観劇後、「生でどうしてもみたい。NYいきたい」と思ったほどだ。
混沌とした仕事の日々でHP/MPとも底をついていた。
私が愛しているバーにて上映会をやるからおいでよと声をかけていただき、ちょっと酒で回復にでもいきますかという軽いノリで足を運んだ。ここだけの話、最後ぽろりと涙がでてしまった。
私たちは日々、言葉や企画、デザインを作る仕事をしている。
それは仕立て屋のようにオーダーメイドの服を作り上げていくことに似ている。
オーダーは多い。それをできるだけシンプルに誰にでも伝わるものに膨大な時間をかけて研ぎ澄ましていく。
アートとデザインとの違いはあるかと思う。
しかし、何かを伝えるという点においては同質のものだと感じる。
これまでの経験と知識でもって、極限までシンプルな表現に努める日々の中ですり減りインプットが枯渇しているタイミングでもあった。その状態で見る「アメリカン・ユートピア」には原始的なシンプルとミニマムな世界と表現が想像の100倍の濃度で展開されていた。
運動をした後に飲む水やスポーツドリンクのように体に染み渡る体験にちかい。
忙しくてよかった!なんていうことすら感じるほど。
是非、クリエイティビティをからっからにして、観劇してほしい。
おそろしいクオリティに一緒に打ちのめされよう。
そして、立ち上がってまた作り出そう。