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2020.10.05

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読み物

今混東西#5
伝統技術を守り、
こんこんを見守る“お父さんたち”。


古今東西。
「昔から今まで、東西四方のあらゆる所」をあらわすことばで、
「いつでもどこでも」という意味としても使われます。
歴史が根付く街・京都は、昔と今が混ざり合う場所。
しかし、そこで生まれる化学反応は「昔」と「今」という組み合わせだけでしょうか?

今混東西。
辞書をめくっても、この四字熟語の意味は書いてありません。
仕事も、背景も、興味関心も違う人々が集うこんこんは、「今」が混ざり合う場所。
いろんな「今」が集まり、新しい何かが起きようとしています。
ドアの向こうには、どんな「今」が待っているのでしょうか。
 それでは、訪ねてみましょう。“こんこん”


「こんこん」

扉を開けると、「失礼します」の声がかき消えるくらいのシューッという謎の音と、少しツンとしたシンナーのにおいに迎えられた。どうやら作業中のようだ。外の寒さと部屋の中の暖かさの差に身体を慣らしながら作業が一区切りつくのを待とうかと思ったら、「どうぞ」とそのまま通される。なんだかおじいちゃんの家に来たみたいな気持ちになりながら、靴を脱いで畳に上がらせていただく。

今回インタビューするのは、田中染色補正の田中準一さん・善雄さんご兄弟。前情報は「田中染色補正」という屋号だけである。染色補正という字面からして着物のお直しのイメージはあったものの、それ以上の情報が全くないまま訪問してしまった。まずは正直にそのことをお伝えすると、弟の善雄さんが仕事内容について説明してくださった。


それぞれの作業スペースで仕事に集中する準一さん(右)と善雄さん(左)

「一言でいうと、“シミ落とし”やね。昔は、染め物はどんどん新しいものを製作していきますやんか。その工程の中でできるシミを修正してったんよ。そういう仕事が多かってんけれど、今はもう受注が減って、新しく染め物を作ることが少ななったでしょ?だからこういう、着はったあとに付いた着物のシミを落とすことが主な仕事になってきてます」。

例えば友禅の生地を染める工程で染料落としてシミになってしまったところや、柄から色がはみ出してしまったところを直す作業、加えて、染めムラを直す作業など、店に卸される前の生地を直すのが本来の染色補正の仕事なのだそうだ。父親を継いで、田中さんの代が2代目。もう50年以上になるという。作業面で特に役割分担はなく、依頼を受けたものを二人で分けてシミ落とし作業に取り掛かっている。

着物絡みだとやはり職人の方は京都に多いのかとうかがうと、準一さんが「組合員は75人くらい居て、非会員も含めると京都だけで150人はいる」と教えてくださった。京都で修行を積んだ方が地方に戻ったりする関係で、職人は全国にいるらしい。

「紋抜きとか自由柄抜きとか、全国の職人の作品展があるんです。そこで優秀だった人が新年会に参加したりね、今はコロナでそんなにやってないけど。職人は東京や金沢にも多いし、全国的に広がってるね。でもほんとにシミ落としやってる人は減ったなあ」。

お話を続けながらも、善雄さんの作業の手は止まっていない。作業場にお邪魔してからずっと、七五三で着たあとに持ってこられたという子ども用の着物のシミ落としをしている。高圧洗浄機のような機材から噴射される水で汚れを落とし、石鹸を使いながらきれいにする。


見落としてしまいそうな細かいシミも、長年鍛えられた目で見抜く。

見慣れない作業をじっと眺めていると、ドアからお客さんがやってきた。聞くと、悉皆屋(しっかいや)という、着物づくりの工程における所謂プロデューサー的な役割を持つ方なのだそうだ。ひとつの商品ができあがるまでに相当の工程をくぐっていくので、着物業界はみんな分業だ。

「問屋さんも昔は必要以上に作るくらいの需要があったんやけど、今はそんなに作っとったら会社が潰れてまうもん。仕事も少ななったね」。準一さんの言葉に悉皆屋さんも「少ななった。もう食べていけへんがな」と返す。

それでも、染色補正の業界はまだマシなほう、と準一さん。留袖に紋を入れる上絵(紋章工芸)などは、新しい着物がつくられることが少なくなるにつれて仕事が格段に減ってしまっている。昔は手作業だった仕事が今ではプレス加工できてしまうというのも理由の一つなのだそうだ。シミ落としは着物以外にも応用がきくため、今では洋服店や法衣店からの依頼を受けることも多くなったという。力仕事ではないため、若い世代も女性もいるのだとか。この年でもできるからね、と準一さんは笑っていた。


最初は7年かけて染色補正の修行を積んだという準一さん。机にはたくさんの染色材が並ぶ。

「わしらの仕事は縁の下の力持ちみたいなもんやから、“直って当たり前、直らんかったら下手”ということなんですよ」と続ける準一さんの目はまさしく“職人の目”だ。「どうしても直らんかったら新しく柄を足したりそういうこともできます。染料を調合して色を合わせて、シミがわからんようにするんです。これはもう長年の経験ですわ。これとこれを合わせたらこの色になるとか、感覚で覚えています。同じシミは一つとしてないから、やりがいがあるよね」。

難しそうな依頼が来ると腕が鳴ることもあるというお二人にとって、この染色補正はやりがいのある仕事なのだそうだ。直ったら素直に嬉しい、と善雄さんは話す。

「直らんやつは兄貴が言うみたいに柄を足す。それでも無理やって時は、金加工屋に加工してもらう。なので、“できない”はないね。お客さんの値段と合うたらできます。ただ、そんなに高いなら結構ですっていう人も多いね」。

母の形見を額に入れて飾る用にとシミ落としに持ってくる方もいるという。残し方も様々なようだ。

こういったお話をうかがっている間にも、湯のし屋と呼ばれる絞り生地の身幅調整をする方や、帯揚げを届けに来てくださった方、先ほどとは別の悉皆屋の方など様々な業種の方が入れ替わり立ち替わりいらっしゃり、その度に善雄さんが「取材に来てくれとんねん」と説明してくださる。あまりにも同じやりとりが続くものだからなんだかおかしくなってきて、思わず毎日こんな感じなのかと質問すると、善雄さんが答えてくださった。

「そやね、いつもこうです。こういうとこは昔はほかの作業場の従業員がサボりに来る場所やってん。どこも行くとこないで、時間潰しにね。そしたらいろんな業種がいっぱい集まってくるんですよ。すると自然に、最近の着物の柄の流行りとかを勉強できる場になってて。その子らはその子らで勉強しとったけど、店の人はサボってるとしか思わんからね。また遊んどるな!ってその店から電話がかかってくんねん。今は携帯電話やからそんなことないけど、ポケベルの時代はよう電話かかってきたで。こっちももう帰ったでって嘘言わないかん(笑)。サラリーマンが喫茶店でコーヒー飲みながら世間の情報を得て勉強してるのと一緒。シミ落とし屋ってそういう場所だったんです」。

この取材中にもお客さんから電話がかかってきて、相手がどんな方かはわからないものの「まいど」「おおきに」という善雄さんの柔和な合いの手を聞くに常連さんであろうことがわかる。その昔、若い子たちの上司からかかってきたという電話にも、こんな風に出ていたのだろうか。


実際に依頼を受けた生地を見せながらシミ抜き作業について詳しく教えていただいた。

お二人はこんこんの管理人のようなポジションでもあるという。トイレの紙を補給したり、猫のフンを片付けたり、ご自分たちで自主的にされているのだそう。

「トイレ行く時に会ったりするけど、向こうからしたらこっちは年寄りやろ?こっちから見たら子どもみたいなもんやから、丁寧に挨拶してくれるよ。最初の頃はよう覗きに来てくれてたから、シミついた洋服持ってきてくれたらなんでも落とすよって言うてたな(笑)」。

こんこんの敷地の奥のほうには、昔からずっと立つ由緒あるお地蔵さんがあり、みんなで守っていこうと毎日水を替えているのだと、準一さん。

「京都の人はみんなお地蔵さん大事にすんねん。今年、みんなも楽しみにしてた地蔵盆がコロナで中止になって。本来なら、油小路通りを通行止めしてテント張るんですわ。焼肉や焼きそば、かき氷の出店もあるし、スイカ割りやスマートボウル、花火大会もやるのよ。そういう思い出を子供には作ってやらな」。

一人暮らしの方のところに野菜を持って行ったり、夜6時から来てくださいねと呼びかけたり、みんなが参加できる様に声を掛け合っていたらしい。少子化になって子どもが減っていることについては寂しく思っているという。


手を動かしながらも、終始朗らかに取材に応じてくださった善雄さん

んこんの入居者の方とは「ちょっと世界が違うからねぇ」と言いつつも、善雄さんが若い世代への期待をお話ししてくださった。

「ここも若い人がいっぱいがんばっとるでしょ?すごいわ。近くに商店街あるんやけど、若い人がいろんな店を作ってやってたら応援したくなる。こんな年寄りが出てったら気遣わすばかりやから、我々はもう出る幕ないわ。若い子は若い子でやっとるんがええ。いつも町内で言うねん。あんまり前に出たらいかん。規則もあるけど、ある程度変わっていかんとね」。

お父さんのようなまなざしで作業場から京都のまちを見つめる田中さんご兄弟と、変わっていくもの・変わらないもの、それぞれが混ざり合うこの「こんこん」という場所。汚れが抜けてまた凛とした姿に戻る着物のように、垢抜けて次のステップへと進む若い世代へ、お二人は今日もエールを送る。

田中準一さん

田中善雄さん

「田中染色補正」で、補正技師として働くご兄弟。代表は兄の準一さん。

【混ぜるといえば?】

準一さん「お好み焼きかなあ」

善雄さん「わしは“輪”やと思うなあ。若い人たちも混ぜて、みんな一緒にならなあかん!で、年寄りは口は出さない、お金だけ出す(笑)若いもんは頑張ってもらわな」

写真:三好天都